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空降るでいず

じゆうな いろで えがいて みよう

「けものフレンズ」は神話

 今週の「けものフレンズ」6話も表面上はガバガバクソアニメだった。

 あまりにもスローな展開、幼稚園児並みかと思うほどのフレンズ達のほのぼのした言動、その全てが巷でよく言われる「IQが溶ける」そのものだったし、見ていてテレビの前でどんどんアホになっていくような感覚を味わえる。わーい。たーのしー。

 厄介なことに、セリフひとつひとつがスローすぎて國府田マリ子でさえもだんだん演技が下手なように感じ始めるし、CG特有のキレの足りない動きも相まって頭の中もだんだん麻痺しちゃうよ。わーい。おもしろーい...。

 カメレオンにいたっては自身が消えるどころか頭に装着していた風船まで一緒に消えてたからね。その風船はお前の身体じゃ無いだろっていう。ああいうのは大抵自分は消えたけど風船が残っちゃって「うわー!」とか言ってる間にやられちゃうのがお約束なのに、何故身体と同じように消えることができたのか。脚本を読んだ制作陣が困惑したのか、深く考えずに制作途上で消すようにしたのかは分からないけど、まあ、ガバガバだよねその辺。

しかしそういったことを指摘するなんてのは野暮ってもんよ。

 そんなガバガバでゆるゆるな物語の中でもかばんちゃんはフレンズ達にルールを授け、個々の能力に応じた役割を与えていくことで、それぞれのフレンズに気づきを与えていくわけですよ。行く先々でそれを繰り返しているということを考えていると、だんだんかばんちゃんが未熟な人類の祖先に知恵を与える神様のように見えてくる。人に知恵を授けて回る神か、あるいは歩くモノリスか。

 そしてその脇からサーバルちゃんがたいへん前向きな言動でかばんちゃんやフレンズ達を励まし、支えてくれる。

 そこらへんのフレンズからしたら、知恵を授ける神と慈悲深い聖母のような存在が未知の乗り物に乗って颯爽と現れ、新たな知見を分け与えられたと思ったらそのまま去って行くわけですよ。なんと有り難い。数珠持参で拝みたいくらい。

 こんな神々しいコンビがジャパリパーク内を巡って有り難い知見を周囲に授けつつ、自らも新たな知を求めて旅をしているだなんてどんだけ良く出来た話なのか。フレンズのゆるいやりとりも、全体的にゆっくりめのストーリー展開も、雑と評されるCGも、どれもこの単純明快かつ古典的な物語の引き立て役に過ぎないのでは無いかと思えてくる。

 とは言ってもかばんちゃんは神様でもなんでもない。ハシビロコウからの指摘の通りヒトだし、ただ単に作中で「ヒトの特徴とは何か」が描かれているだけに過ぎない。逆にそこを扱っているからこれだけヒットしているとも言えるんだけど。

 とはいえ、今のところそこそこ高度な知恵を使えるのがかばんちゃんだけだからこそ毎週のエピソードも優しい世界でありつづけるし、争いは起こらないし起こってもクソアニメレベルのものしか起こらない。単なるヒトが1人しかいないために特別な存在であるという一風変わった構図になっている。「IQが溶ける」とは言われるものの、これはこれでバランスの取れたいい状態になっていると思う。

 さて、この先フレンズがかばんちゃんの影響でさらなる工夫と試行錯誤を始めたらどうなるのか。アライさんやフェネックはそこを危惧しているのか。かばんちゃんの正体、そしてジャパリパークの秘密とは!?

 ・・とか色々考えずに、フレンズと同じ目線に立って「すごーい」「たーのしー」「おもしろーい」「なにこれー」の精神でぼけーっと見るのが一番楽しいね。それで終盤までIQを溶かしつづけてから最後の最後にハシビロコウの一言でふっと我に返って今週の放送が終わるというね。そういうところが「けものフレンズ」の良さだと思うのでした。